その日は休日で、朝から天気が良かった。しかし小森日木男にとって、そんなことは関係ない。布団の中でもぞもぞと朝寝を楽しんでいた。今日は一日中引き籠もって惰眠をむさぼることに決めていたのだ。そもそも彼にとっては起きあがることすら億劫だったし、それどころか、生きることすら面倒だとすら思い始めている今日この頃である。時計の針は正午を示そうとしていたが、カーテンを閉め切った部屋の中は薄暗く、日木男は夢と現実の間をふらふらと彷徨っている。

「おい、そこの大男、いい加減に起きたらどうかね」

突然、声がした。日木男は独り暮らしで、彼以外誰も部屋の中にはいないはずだ。変だなぁと思いつつも、重い頭を持ち上げると、枕元に小さな男が立っていた。黒いスーツを着て、黒いシルクハットをかぶっている。大昔の貴族みたいな奴だ。そいつが、寝ぼけ眼の日木男を見下すかのような偉そうな風情で立っていた。しかし、その態度のでかさとは裏腹に、そいつの身体は日木男の手のひらに乗るくらいの大きさしかない。

「何だ、お前?」

日木男が聞くと、その偉そうなチビ男は一つ咳払いをして、

「我が輩はファットン伯爵だ。君ら愚かな種族に宣言しに来たのだ」

と言った。偉そうな態度だが、ちっこいので威圧感はまるでない。

「宣言? 何を? 俺にか?」

「君にというか、君ら愚かな種族に対してだ」

「シュゾク? 何言ってんだかサッパリだけど、何か演説でも始めんの? チビのくせに? だいたいオメー、どっからこの部屋に入ってきたんだよ。意味わかんねぇよ」

「礼儀を知らん若者だな。演説ではない、宣言だ。君らに対する警告といってもいい。私と君の身体の大きさの違いなど、何の意味も持たないし、ついでに言えば、この部屋への侵入などは我が輩の力を持ってすれば朝飯前だ。聞く前から分からないなどとほざくな、愚か者めが」

チビ男にくどくどと妙なことを言われて日木男はだんだんイライラし始めていた。せっかく良い気持ちで寝てたのに、ムカツク奴だ。

「うるせーチビだな。何なんだよ朝っぱらから。言いたいことがあるんならさっさと言いやがれっ」

「チビではない。ファットン伯爵だ」

「布団だかあんぽんたんだか知らないけど、言いたいことがあるならさっさと言えっての」

「ファットン伯爵だ。全く失礼なやつめ。いいか、よく聞け。お前ら人類は間もなく滅びる。これからは我ら一族がこの惑星を支配することにした」

「ハァ?」

「どうだ、思い知ったか。ざまあみろ」

変な格好のチビ野郎にわけの分からないことを一方的に罵られ、日木男は完全に頭にきた。

「もうわけ分かんねぇ。いますぐひねり潰してやるっ!」

日木男は枕を振り上げ、チビ男めがけて叩き付けようとしたが、ヒラリとかわされてしまう。

「愚か者。愚鈍な君らに我々を滅ぼすことなどできないのだよ。それに君は思い違いをしているようだが、我々が勝つのではない。愚かな君らが勝手に滅びるのだ。君らのことは長い間じっくり観察して来たからよく分かる。自らの住環境をおのれの手で破壊し、慌てふためく愚かな人間ども。全く、哀れなものだな」

「なんだと、コノヤロー」

日木男が再び枕を振り上げたその時、ドンドンと、突然玄関の戸を叩く音が聞こえた。

「おーい、日木男、まだ寝てんのかぁ」

大学の友人の武志である。思わず玄関の方を振り返ったら、その隙に例のチビ男はどこかにいなくなってしまっていた。枕の下にも布団の中にもどこにもいない。仕方がないので日木男はもぞもぞと起きあがると、玄関の方へ向かった。

「何だよ、うるせーな。こっちは取り込み中だったんだ」

ボサボサの頭を掻きながら、玄関の戸を開けると、あきれ顔の武志が立っていた。

「何が取り込み中だよ。やっぱり寝てたんじゃねーか」

「寝てねーよ。変なちっこいおっさんが出てきて大変だったんだ」

「何寝ぼけてんだ。だいたい、ちっとは部屋の掃除くらいしたらどうなんだよ。ここっていつ来てもゴミだらけじゃんか。そのうち病気になるぜ」

「たく、朝っぱらからどいつもこいつもうるせーな。何の用だよ」

不機嫌そうな日木男に対し、いよいよ情けない表情の武志である。

「おまえなー、今日は大学の学祭でライブがあるから見に行こうって約束してただろーが。忘れたのかよ」

「そういえば、そんなことも言ってたっけ」

日木男はまた頭を掻いた。とその時、「うわっ」という叫び声を上げて、武志が飛び上がったので、日木男はびっくりした。

「おわっ、て、何だよいきなり」

「何だよじゃねーよ。お前がちゃんと掃除してないから、こんなのが沸いてくるんじゃねーか」

武志が指さす方を見ると、今しがた踏みつけられたらしい大きなゴキブリが恨めしそうな顔でピクピクと身体を痙攣させていた。そして扉の外には、気持ちのいい秋晴れの空がどこまでも広がっていた。その秋空を見ながら、こんなんじゃ俺はダメだなぁと、日木男はほんの少し反省した。

(1997年10月9日執筆・初掲載)