一本の映画を見た。「夕凪の街 桜の国」という日本映画だ。
広島のある
日本のある
この世界を
愛するすべての人へ
という字幕から始まる約2時間の映画。舞台は、原爆投下から13年後の広島と、現代の広島。被爆しながらも何とか生き延びた家族の物語、そしてその子供達の物語の2部構成である。
実はこの作品、1〜2年前に友人から薦められて原作を読んでいた。広島県育ちの私にとっては、広島の原爆の話は幼い頃から何度となく触れてきたものであって、この作品についても単にそういったものの一つとして何となく読んだだけだった。淡々としたストーリーだったし、それほど強烈な印象も持たなかった。ただ、その淡々とした語り口は妙に印象に残っていて、この映画が公開されると聞いた時、「ああ、あの漫画の……」と、すぐに原作を思い出した。
原爆の惨状を描いた漫画と言われてすぐに思い浮かぶのは、被爆者でもある中沢啓治さんが描いた「はだしのゲン」だ。小学生の時、夏休みに体育館に集められ、このアニメを見た。原爆によって焼けただれ、もがき苦しむ人々を生々しく描いたこの作品は、幼心に強烈な衝撃を受けたのを覚えている。この漫画はテレビでドラマ化もされたので見られた方も多いと思う。広島の原爆投下と聞くと、つい原爆投下直後のそういった惨状ばかりを思いがちだと思う。でも、「はだしのゲン」でもその大半で描かれたのが被爆後の広島で懸命に生きようとした子供達の物語だったように、被爆直後だけが悲惨だったのでは決してない。その地獄絵図の様な世界から生き残った人達にとっては、その戦後の世界を生きることそのものが戦いだったのだ。
「夕凪の街」では、原爆の投下から13年経った復興途上の広島が描かれる。冒頭、原爆とか被爆とかいう過去の悲劇は物語の遠景でしかない。復興途上の広島を生きるごく平凡な女性の日常が淡々と描かれていく。普通に恋をして、お洒落にも興味を持って……。でも、彼女、皆実には決して乗り越えられない過去があった。被爆から13年経過してなお乗り越えられないその過酷な過去。それに翻弄され続ける被爆者の悲しい生き様が次第に明らかになるにつれ、そのあまりに過酷な現実に、観客は愕然とさせられる──
「生きとってくれて、ありがとうな」
劇中、打越が皆実に言うこの台詞はあまりにも重く、そして優しい。
「桜の国」では一転して、原爆投下から60年以上が経過した現代が舞台だ。被爆者を親に持つ、被爆二世の子供達の物語。被爆者の子供達にどのような影響があるのか、まだはっきり分かってはいない。遺伝子レベルで何らかの影響があるとも言われるが、実際には普通に生活している人がほとんどだ。でも、そういった人々は確かに存在していて、身体が弱いと原爆のせいではないかと勘ぐられたり、親や祖父母を白血病などで亡くしていたりと、彼らの多くにとって、決して原爆は「遠い過去の出来事」ではない。ともすればそうした過去から目を背け続けてきた、現代を生きる被爆二世の女性、七波が「桜の国」の主人公である。彼女はある出来事をきっかけに、両親の生き様、被爆を乗り越えてきた人々の苦悩、自分自身のルーツと向き合う……
とにかく、この映画を見ている間中、私は油断すると溢れ出そうになる涙を堪えるのに必至だった。あまりにも切なく、あまりにも悲しく、でも、登場人物達はみんな凛としていて、とても温かい。そんな映画だった。また映画を見終わった後、これは出来るだけ多くの人に見て欲しい映画だと思った。原爆は、核兵器というものは、生き延びた人々に対しても想像を絶するほどの過酷な試練を与え続けるのだ。
あの辛い時代を生きてくれた人達がいるから、今、この豊かな時代を生きていられる。そのことに素直に感謝したいと思う。そして、その思いを伝えていく責任が私たちにはあるんだと強く感じながら映画館を後にした。
(2007年8月20日執筆・初掲載)
